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慶應義塾大学を辞めて JPNIC に就職しました

SFC, JPNIC12 min read

表題の通り,慶應義塾大学を退学し JPNIC に就職しました. サイト内の全ての表記を,このページの公開に合わせて変更しました. 本記事では退学と就職に至った簡単な理由などを書き残したいと思います.

大学をやめる

そもそも私は,学部生時代から ADHD およびそれに伴ううつ状態による適応障害を持っており,継続的に通院治療を行っていました. 初診は 2021 年 8 月ですが,それ以前からの症状を考えると,3 年以上様々な症状に苦しんできたことになります. この 3 年間,特に研究室で多くの時間を過ごしていたため,学生や教員の皆様に多くの配慮をお願いし,それにより学業を続けてきました. おかげで学んだことはとても多く,この環境でなければこれほど多方面の深い知識やスキルセットを身につけることはできなかったでしょう. 大学関係の皆さん,特に研究室の教員や仲良くしてくださった学生の皆さんには感謝してもしきれません. その一方で,環境調整に難航したり,障害への対応を発端とした気まずさがあったりと多くの迷惑をかけてきました. また,投薬と並行して様々な調整をしてみて,時には休学もしてみたりと,症状緩和のためにいろいろなことを試してみました. しかし大きな緩和に至ることもなく,3 年間,特に修士課程に進んでからは学生なのにまともに研究できない状態が続きました. もちろん今後も継続した努力で緩和する可能性はありますが,21 歳から 24 歳の頭までを既に虚無の時間にしてしまい,これ以上若い時間を失敗に費やすわけにはいかないという考えが強くなりました.

誤解のないようにいっておきますが,大学や研究室が悪いといいたいわけではありません. もちろん僕自身の努力不足なところがとても大きく,その上で中の人々と僕自身の相性の問題とかはあった可能性はあります. とはいえ,僕が見る限り退学しなければならないほど適応障害で困っているというのは研究室で僕だけだと思うので,万人がこうなるわけではないことをご理解ください. 単に僕が弱かったのです.

適応障害は患者が今置かれた環境に対してうまく適応できずに様々な症状を発するものですので,治療に向けた方針は大まかに二つあります. 一つは現環境にいるまま,できるだけ障害の原因を取り除いたり障害があっても双方の譲り合いで適応できるよう努力すること. もう一つは,そもそも全体の環境を変えて,その環境に対して適応する必要をなくすことです. 後者を安易に選択すると,環境を頻繁に変えることで新たな負担や,所謂「人間関係リセット症候群」のリスクが高まる可能性があります. 一方で僕はそもそも大学でやりたいことはまだまだたくさんありましたし,大学を離れずに済むのであればそれに越したことはないと思っていました. しかし現状,研究にうまく参加できず周囲との摩擦を生んでしまう状態が 3 年続いていますので,これはもう無理ではないか,身の丈に合っていないんではないかと考えました. そこで,後者である環境自体を変える,つまり大学をやめる選択をすることになりました. これが 2023 年の末のことです.

ブログで書くと,折角入った大学・大学院を簡単にやめてしまったように見えるかもしれませんが,この決断をするためにかなりの長い時間悩みましたし,両親を始め様々な立場の人とも相談した上での決断ですので,決して中途半端な気持ちで退学届を提出したわけではないことをご理解ください.

仕事を探す

では,大学をやめてニートになったとしましょう. アルバイトはするかもしれませんが,経済的な不安をずっと抱えつつ引きこもって生きているのでは,これまでと何も変わらず退学した意味もありません. そこで,経済的な自立を目指し,かつ自分が持てる知識や能力を人類に還元する別の手法として,就職先を探すことにしました. 大学院途中での就職は,新卒ではなく既卒・中途または第二新卒扱いとなるようですが,これまで接点のなかった企業への就職は困難だと感じていました. そもそも募集しているスキルセットや知識とのミスマッチがどこも大きいというのもそうですし,環境を変えた瞬間に全ての症状がなくなるわけではなく,新環境に適応する別の負担もあるので,今まで自分と関わってくださった企業の中から就職先を選ぶのが良いと思いました.

JPNIC は以前から授業に来ていただいたりフェローシッププログラムでお世話になったりアルバイトでお世話になったりしており,かつ自分のやりたいことやスキルセット・能力がピッタリはまる場所だと考えました. 正直,2023 年の夏頃からアルバイトを始めた理由の一つも,あわよくば修了後に雇ってもらいたいなという算段が多少あったわけですが,その予定がここまで速まるとは思っていませんでした. 以前から今自分が置かれている環境や進路の相談には JPNIC 内のいろんな方にのっていただいていましたが,大学をやめようと思い始めたあとからは「4 月から拾ってくれないか」という相談も一緒にするようになりました. そもそも JPNIC は毎年新卒採用をしているような組織でもない上に,冬も近づいた時期に「春から採ってくれ」というのはかなりの無茶振りをしている自覚はありました. それでも JPNIC の皆さんは急ピッチで必要な準備や助言をしてくださり,ギリギリではありますが 3 月 14 日に内定をいただきました.

そのため,3 月 14 日以降,大学,JPNIC,WIDE での種々の手続きを例外的な速さで進めていただき,3 月 21 日に大学へ退学届を提出しました. 急な移籍に対応してくださった全ての皆さんに感謝しています.

就職,そしてこれから

JPNIC では以前からアルバイトとして行ってきた業務がありました. 可能な限りそれらの業務は正職員となったこれからも継続していきたいです. そのほか,インターネット推進部および技術部として,具体的にどのような業務にどれくらいの割合で関わるのか,自分がどんな業務を企画できてそれが人類やインターネットに対してどれくらいの貢献となれるのかは正直今日時点では全然分かりません. ただ,大学で 6 年間勉強・研究してきたことは何一つ無駄にはならないと思いますし,それを生かして自分ができることを積極的にやっていきたいと思います. また,新しい環境である JPNIC に早く慣れ,適応障害を軽減しつつ,これまで以上に充実した人生を送りたいと思います.


ということで,大学院生改め JPNIC 正職員となった alt を,これからもどうぞよろしくお願いいたします. また,おこがましいお願いですが,もし退学および就職を祝ってくださる方がいらっしゃればほしいもからいただけると大変嬉しいです.

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