ブロッキングの法的・技術的整理 - サイバーインシデントへの対応を考える
— DNS, JPNIC, The Internet, privacy — 67 min read
(co-authored by 凪 (ChatGPT))
サイバーインシデントで窃取された情報が Web サイトに公開された場合,その拡散や悪用による被害を防ぐ必要がある.そのために,ISP などが当該サイトへのアクセスを遮断する「ブロッキング」を用いることは,どのように評価すべきだろうか.
2026 年 11 月 6 日,サイバーセキュリティに関する関係閣僚会議は「サイバーセキュリティ緊急対策パッケージ」を決定した.その中には,漏えいした個人情報等の悪用を防ぐため,通信事業者によるアクセス抑止策の在り方を,法的課題も含めて早急に検討する方針が含まれている.この検討に当たっては,ブロッキングをめぐるこれまでの法的・技術的な整理を踏まえ,実際に犯罪と被害を減らすために有効な仕組みを考える必要がある.
違法な情報へのアクセス遮断が議論されると,よく挙がる疑問がある.「児童ポルノでは実施しているのに,なぜ海賊版などでは問題になるのか」というものだ.サイバーインシデントへの対応としてブロッキングを考える際にも,この違いを理解しておく必要がある.
日本では,2011 年 4 月から ISP などによる児童ポルノのブロッキングが始まった.しかし,これは「児童ポルノに関する通信には,通信の秘密が保障されない」という意味ではない.通信の秘密を侵害することを前提に,緊急避難の要件を満たす場合に限って,例外的に許容されるという整理で実施されてきた.
何を遮断するかという対象の違いだけでなく,誰のどのような被害を防ぎ,ほかに手段がなく,遮断による不利益をどこまで抑えられるかが問われている.本稿では,この仕組みを法律と技術の両面から整理し,これからの政策検討に必要な視点と,犯罪抑止・被害防止に向けた仕組みづくりを考えてみたい.
ここで扱うのは,ISP などが通信当事者の有効な同意によら ず,情報を公開するサイトへの一般利用者のアクセスを遮断する措置である.利用者自身が導入するフィルタリングや,サイト管理者によるコンテンツの削除とは区別しておく.また,攻撃そのものに使われる通信の制御とは,目的と対象が異なることにも注意が必要である.
憲法 21 条 2 項と電気通信事業法 4 条
日本国憲法 第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 ② 検閲は、これをしてはならない。 通信の秘密は、これを侵してはならない。
憲法 21 条 1 項は表現の自由を保障し,同条 2 項は,前段で検閲を禁止し,後段で通信の秘密を保障している.検閲の禁止と通信の秘密の保障は,関係はあるものの,別の規律である.ブロッキングを考える際にも,「検閲に当たるか」という問題だけでなく,「通信の秘密を侵害しないか」を検討する必要がある.
電気通信事業法 (秘密の保護) 第四条 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。 2 電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。 その職を退いた後においても、同様とする。
この憲法上の保障を受けて,電気通信事業法 4 条 1 項は,電気通信事業者が取り扱っている通信の秘密を侵すことを禁止している.同条 2 項は,電気通信事業に従事する者に対し,業務上,通信に関して知り得た他人の秘密を守る義務を課し,退職後もその義務が続くと定める.違反には罰則もある.
通信の秘密は,憲法が保障する基本的人権であり,表現の自由やプライバシーの保護を支えるとともに,民主主義社会の基盤をなす原則である. 特定の被害への対応を考えるときにも,この原則の重要性は変わらない.
通信の秘密が守るのは,メールの本文や通話の内容だけではない.通信の相手,日時,場所など,通信の意味内容を推知できる情報も保護される.インターネットでは,個々の通信に結び付いたアクセス先の情報も問題になる.
公開された Web ページの内容を誰でも読めることと,ある利用者がそのページにアクセスした事実を第三者が自由に調べてよいことは,同じではない.相談窓口や医療機関へのアクセスを思い浮かべると,本文を読まなくても,通信先から多くのことが分かると理解しやすい.通信の秘密は,こうした情報を守り,安心して情報を送り,受け取れる環境を支えている.
なぜ「つながらなくする」だけで通信の秘密が問題になるのか
ブロッキングでは,通信先の IP アドレスや DNS で問い合わせるドメイン名などを,遮断対象のリストと照合する.対象かどうかを判別する過程では,遮断されない利用者の通信や問い合わせも処理される.
通信の秘密の侵害は,大きく,積極的に知ろ うとして知る「知得」,当事者の意思に反して利用する「窃用」,他人が知り得る状態にする「漏えい」に整理される.条件に合う通信を機械的に検知し,当事者の意思に反して利用する仕組みも,知得や窃用として通信の秘密の侵害に該当し得る.したがって,人間が画面で読まないことや,外部にログを渡さないことだけでは,問題は解消しない.
ここで,「通常のルーティングでも宛先 IP アドレスを読むのではないか」と思うかもしれない.そのとおりで,通信を届けるために必要な処理には,次に説明する正当業務行為という整理がある.通信に必要な処理が許されることから,特定の情報へのアクセスを制限するための利用まで,そのまま許されるわけではない.
違法性阻却事由とは何か
ある行為が形式的には犯罪の要件に当たっても,その目的や状況,方法によって,法的に許容される場合がある.このとき,違法性を否定する事情を「違法性阻却事由」という.通信の秘密との関係では,刑法 35 条の「正当行為」を二つに分け,主なものを次の 4 類型で整理できる.
| 類型 | 根拠 | 内容 |
|---|---|---|
| 法令行為 | 刑法 35 条 | 法令に基づいて行うことが認められる行為. |
| 正当業務行為 | 刑法 35 条 | 正当な業務として必要かつ相当な範囲で行う行為. |
| 正当防衛 | 刑法 36 条 | 「急迫不正の侵害」に対し,自分や他人の権利を守るため,やむを得ず行う防衛行為. |
| 緊急避難 | 刑法 37 条 | 自分や他人の生命,身体,自由,財産への「現在の危難」を避けるための,やむを得ない行為.それによって生じる害が,避けようとする害を超えないことが必要. |
刑法 (正当行為) 第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。 (正当防衛) 第三十六条 急迫不 正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。 2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。 (緊急避難) 第三十七条 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。 ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。 2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。
正当業務行為という名称も,「事業者が業務として行えばよい」という意味ではない.何のために必要なのか,方法や範囲は相当かという評価が必要になる.
また,通信当事者の有効な同意がある場合は,別に整理される.同意された範囲の取扱いは,当事者の意思に反する利用ではないからである.ただし,原則として個別具体的かつ明確な同意が求められ,利用約款に一文を置くだけで,あらゆる取扱いが認められるわけではない.
児童ポルノのブロッキングで中心となったのは,このうち緊急避難の考え方だった.
緊急避難を考える 3 つの観点
緊急避難は,「重大な問題だから急いで対応する」という日常語の意味だけでは成立しない.ブロッキングとの関係で特に重要なのが,「現在の危難」「補充性」「法益権衡」の 3 点である.
1. 現在の危難
まず,守ろうとする利益に,現に危険が生じているか,危険が切迫している必要がある.「このままでは社会に悪影響がありそうだ」という一般的な懸念だけで,あらゆる通信制限を説明できるわけではない.
児童ポルノでは,撮影時の被害だけでなく,画像が流通し,誰でもアクセスできる状態が続くこと自体が,被害者の人格的利益などに対する重大な侵害になる.このため,画像が過去に撮影されたものであっても,流通し得る状態が続く限り,現在の危難を認め得ると整理された.
ここで守ろうとしているのは,単に閲覧者を不快な情報から遠ざけることではなく,画像の被写体となった被害者の権利である.
2. 補充性
次に,その危難を避けるため,より権利侵害の少ない,有効な方法がないかを問う.「ブロッキングならすぐできる」「費用が安い」というだけでは足りない.
児童ポルノであれば,まず,画像の削除や流通させる者への捜査などが考えられる.ブロッキングするサイトのリストを管理する ICSA (インターネットコンテンツセーフティ協会) も,削除要請が先行し,海外のサーバの管理者と連絡が取れないなど,やむを得ない理由で削除できない場合に限ってブロッキングを行うと説明している.
もちろん,ほかの手段を無期限に試し続けなければならないという話でもない.実行の容易さ,間に合うか,実際に被害を止められるかを考慮する.その上で,なぜ,より制約の小さな方法では救済できないのかを説明 する必要がある.
3. 法益権衡
最後に,危難を避けるための措置によって生じる害が,避けようとした害の程度を超えてはならない.「法益」とは,法律が保護する利益のことである.
ブロッキングでは,被害者の権利を守る利益と,通信の秘密への制約,無関係な情報へのアクセスが妨げられる不利益などを比較する.児童の被害が深刻であることだけで,どんな範囲・方法の遮断でも許されることにはならない.実際に何を,どの程度止めるのかまで含めて考える必要がある.
ICSA の DNS ブロッキングの対象基準が,画像の有無だけでなく,サイトの開設目的,画像の数量や割合,管理者の同一性,ほかの実効的な手段の有無まで扱っているのは,こうした限定を具体化するためと理解できる.
児童ポルノに関する整理は,この 3 点を満たす対象・方法に限って緊急避難が成立し得るというものだ.「児童ポルノ」というラベルが,無条件の許可になるわけではない.
このことは,他の被害への対応でも同じである.通信の秘密を侵害する措置は,保護しようとする法益の重大性のみをもって,当然に正当化されるものではない. 被害が深刻であることに加えて,なぜこの手段を採る必要があり,どこまでの制約が許されるのかを示す必要がある.
なぜ正当防衛ではなく,緊急避難なのか
違法な情報から被害者を守るのであれば,正当防衛でもよさそうに見える.しかし,刑法上の正当防衛は,基本的に侵害者に対する防衛行 為である.
児童ポルノを公開した者を侵害者と考えると,一般利用者のアクセス先を検知・遮断する行為は,その者への直接の反撃とは説明しにくい.2010 年の検討報告書も,この点などから正当防衛による整理は困難とした.
他人を救うために,侵害者以外の通信の秘密にも制約を及ぼすことを,どのような条件で許容できるか.これが緊急避難の問題になる.「急迫」と「現在」の言葉の違いだけで線を引いているわけではない.
海賊版やオンラインカジノには,なぜそのまま広げられないのか
ここまでの説明から,「人の権利を守る児童ポルノ対策はよいが,財産権を守る海賊版対策はダメ」と理解するのは正確ではない.刑法 37 条は,保護の対象に財産も明記している.財産に対する危難だから,緊急避難が成立する余地がないとはいえない.
実際,2018 年 4 月の政府の海賊版サイト対策では,一定の場合に緊急避難が成立するという考え方が示された.一方,JPNIC や JAIPA (日本インターネットプロバイダー協会) などは,法的・技術的な検討や,ほかの手段を含む検討の必要性を指摘した.海賊版については,緊急避難が成り立つかという評価自体が争われたのである.
オンラインカジノについても,単なる金銭の問題として片付けることはできない.2026 年 7 月公表の総務省検討会報告書は,依存症などの深刻な弊害を踏まえつつ,他の対策の効果,ブロッキングの有効性,失われる利益との均衡を検証する必要があるとした.さらに,実施すべき状況にあるといえる場合には,立法措置が必要と整理している.児童ポルノと同じ緊急避難の説明だけで,そのまま実施できるとしたものではない.
児童ポルノで用いられた緊急避難の整理を他の対象に広げるなら,その対象について,危難の内容や現在性,代替手段,通信の秘密への制約を改めて検討しなければならない.「違法なサイト」という共通点だけでは,この検討を省略できない.
一方,現に発生しているサイバー攻撃を止めるための限定的な通信制御には,正当業務行為や正当防衛,緊急避難によって説明できる場合があると,業界のガイドラインでは整理されている.「児童ポルノ以外は,どんな通信も止められない」という意味でもない.技術的には同じ遮断処理でも,目的と状況,対象,範囲によって法的評価は変わる.
したがって,攻撃に使われる通信を止める措置と,情報が掲載された Web サイトへの一般利用者のアクセスを止める措置も,それぞれの目的と対象に即して評価する必要がある.「サイバー攻撃への対応」という名称だけで,両者を同じように正当化することはできない.
技術的な限界は,法的な評価にも関わる
JPNIC Blog の「DNS ブロッキングを再考する – SAC127」で紹介した SAC127 は,ICANN の SSAC がまとめた技術的な報告書である.個々の措置の適法性を認定する文書で はないが,ブロッキングの効果と副作用を評価する上で参考になる.
回避できる経路が残る
まず,DNS ブロッキングを行っても,公開元のコンテンツは削除されない.アクセスの経路の一部を制限する措置であり,その制限が適用されない経路が残っていれば,利用者は到達できる場合がある.JPNIC Blog と SAC127 の第 5 章で整理された回避手段を,遮断の仕組みとの関係から見ると,次のようになる.
| 手段 | 遮断への影響と限界 |
|---|---|
| 別のリゾルバの利用 | ISP が提供するリゾルバでの遮断は,その制御を行わない別のリゾルバを利用することで回避される場合がある.通信経路上の IP ブロッキングまで回避するものではない. |
| DoH・DoT・DoQ | DNS の問い合わせと応答を暗号化し,経路上から問い合わせ内容を直接読み取ることを難しくする.ただし,接続先のリゾルバ自身が遮断する場合は,暗号化してもその方針は適用される. |
| VPN や Tor などの中継経路 | 対象サイトへの通信を別の経路に通すことで,手元のネットワークの遮断を回避できる場合がある.効果は,トンネルや中継経路に通す通信の範囲,出口側の制限などによって変わる. |
| IPFS などの分散型配信 | コンテンツの取得を単一の公開サイトやドメイン名に依存しない形にできる.ただ し,HTTP gateway 経由の利用では,その gateway への DNS・IP ブロッキングの影響を受ける. |
DoH は DNS over HTTPS,DoT は DNS over TLS,DoQ は DNS over QUIC である.これらは DNS の転送を暗号化する仕組みであり,遮断されないリゾルバを選ぶことと,そのリゾルバまでの通信を暗号化することは,別の働きである.なお,権威 DNS 側でドメイン名が停止されている場合には,通常,別のリゾルバに変えるだけでは解決しない.
回避可能であることから,効果がまったくないとまではいえない.一方,アクセスを完全に防げると想定することも適切ではない.どの利用者の,どのような被害を,どれだけ減らせるかという目標に照らして評価する必要がある.
CDN と共有 IP アドレスでは,対象サイトだけを止められるとは限らない
CDN や共有ホスティングでは,一つの IP アドレスを,運営主体の異なる複数の Web サイトが共有することがある.例えば,遮断対象の a.example と,無関係な b.example が同じ IP アドレスを使っている場合,その IP アドレスを宛先とする通信を遮断すれば,両方への通信が止まる.
対象サイトの IP アドレスを正しく特定できても,その IP アドレスだけを条件に,対象サイトと同居する無関係なサイトを区別することはできない. 遮断リストの誤登録だけでなく,識別に使う単位の粗さから巻き添えが生じる点が重要である.
ホスト名を識別で きれば,異なるホスト名のサイトを区別できる場合はある.しかし,同じホスト名の下に複数の利用者のコンテンツが置かれていれば,さらに URL のパスなどを見なければ対象を絞れない.ブロッキング全般を扱う IAB の RFC 7754 が示す粒度の問題と,TLS の仕組みを踏まえると,次の違いがある.
| 識別に使う情報 | 対象を絞る際の限界 |
|---|---|
| 宛先 IP アドレス | 同じ IP アドレスを共有するサイトを区別できない.CDN や共有ホスティングの無関係な利用者も対象になり得る. |
| DNS の問い合わせ名 | 名前は選別できるが,同じホスト名にある特定のページだけを,URL のパスで選別することはできない. |
| TLS の SNI | ホスト名が平文で見える場合はあるが,個々のページの URL は示さない.ECH が利用される接続では,保護された対象ホスト名をそのまま読み取れない. |
| HTTP リクエストの URL のパスなど | HTTPS では暗号化されるため,通信経路上の ISP が通常の転送処理で読み取れる情報ではない. |
SNI (Server Name Indication) は TLS の接続開始時にサーバ名を伝える仕組みであり,RFC9849 ECH (Encrypted Client Hello) は,その情報などを暗号化して保護する.ECH が実際に利用される場合には,平文の SNI を前提とする選別が難しくなる.ただし,ECH 自体が宛先 IP アドレスを隠すわけではなく,暗号化されていない DNS など,別の情報から通信先を推測できる場合もある.
一方,HTTPS を終端してリクエストを処理する CDN や公開元のサーバでは,ホスト名や URL のパスに応じた制御が可能な場合がある.アクセスを提供する ISP と,コンテンツを配信する側では,見える情報と実施可能な対策が異なる.どの主体に,どこでの対応を求めるかも,対象を絞れる程度に関わる.技術的に制御できることに加えて,実施する権限や法的根拠も確認する必要がある.
遮断範囲を広げるほど,巻き添えも広がり得る
オーバーブロッキングとは,意図した対象を超えて,無関係な情報やサービスまで遮断してしまうことである.DNS ブロッキングでも,一つのサブドメインを対象とするべきところを,親ドメインとその配下全体に広げれば,別の利用者の Web サイトやメールなどに影響し得る.複数のサービスが依存する配信基盤や認証基盤の名前を止める場合には,一見関係のないサービスの機能まで損なうおそれもある.
回避を防ぐために,共用のリゾルバ,VPN の接続先,CDN の広い IP アドレス範囲まで対象を広げると,業務上のリモートアクセスなど,対象情報と無関係な通信にも制約が及び得る.こうした追加措置も,元の遮断とは別に,必要性と影響範囲を評価しなければならない.
遮断リストの維持も,登録して終わりではない.対象情報の削除や移転,サービスの収容先の変更などを反映しなければ,遮断漏れや不要な遮断が残る.対象の追加だけでなく,確認,訂正,解除を継続して行う運用が必要になる.
セキュリティと障害対応への副作用もある
DNS の応答を書き換える方式は,DNSSEC との関係にも注意が必要である.署名されたデータを偽のアドレスや,名前が存在しないとする偽の応答に置き換えれば,独立に署名検証するクライアントは,それを正当な応答として受け入れない.ただし,DNSSEC はデータの出自と完全性を検証する仕組みであり,サイトへの到達性を保証するものではない.検証をリゾルバに委ねるか,クライアント側でも独立に検証するかによっても,見える結果は異なる.
遮断先へのアクセスを警告画面に誘導する方式では,TLS の証明書エラーを生じさせる場合もある.その結果,利用者が警告を無視する習慣を身に付けるようでは,安全性に別の悪影響を及ぼしかねない.
また,SAC127 は,利用者が別のリゾルバやトンネルへ移ることによる,運用上の可視性の変化も指摘している.ISP や組織が自らの DNS を用いて行っていた不正な接続先の検知や感染端末の調査は,その DNS を利用しない通信については,同じようには行えなくなる.被害防止効果に加えて,既存のセキュリティ運用への影響も評価する必要がある.
何を止め,何に影響したかを検証できるようにする
SAC127 は,目的を達成できるかの確認,明確なポリシーとレビュー,巻き添えの最小化,管理範囲外への影響防止を求めている.DNS ブロッキングを行う場合には,単に名前解決 の失敗として見せるのではなく,何が起きたかを切り分けられることも重要である.
そのための手段の一つが,RFC 8914 の EDE (Extended DNS Error) である.例えば,リゾルバの運用者自身のセキュリティポリシーによる遮断を示す Blocked や,外部から課された要件による遮断を示す Censored を,DNS 応答に付けられる.この分類は,措置の適法性や憲法上の検閲該当性を判定するものではない.SAC127 も EDE の利用を勧めている.ただし,EDE は診断情報であり,利用者への表示や案内には,それを扱うクライアント側などの対応も必要になる.
透明性を確保する際には,対象の選定基準,判断主体,実装する方式,見直しや誤りの訂正手続き,効果と副作用の検証結果を示すことが考えられる.対象 URL の全公開は,被害を広げるおそれもあるため,透明性と同一視すべきではない.ICSA にも,誤って対象となったサイトの権利者が,リストからの除外を申し出る仕組みがある.
これらを法律の議論につなげると,回避可能性や他の手段との効果の比較は補充性に,CDN の共有 IP アドレスなどによる無関係な通信への影響は法益権衡に関わる.どの層で,どの情報を使い,どこまでを遮断するかによって,法的な判断の前提も変わる.「法律上の理由があるので,技術の詳細は後から考える」という順序では,必要な判断材料が欠けてしまう.
サイバーインシデント後の情報公開に,この枠組みを当てはめる
不正アクセスで 窃取された個人情報などが Web サイトに公開され,その情報を用いた脅迫や不正利用が懸念される場面を考える.不正アクセスや脅迫,情報の公開・悪用による権利侵害は容認されるものではなく,被害者の保護とさらなる被害の防止に向けて,関係者が迅速かつ適切に対応することは重要である.
その上で,通信事業者によるアクセス遮断を選ぶのであれば,なぜその手段が必要なのかを検討しなければならない.公開される情報の性質,本人との結び付き,公開範囲,継続する権利侵害や悪用の切迫性によって,守るべき利益と必要な対策は変わる.「漏えい情報を扱うサイト」という分類だけで,一律に遮断を正当化することはできない.
例えば,個人情報の公開による権利侵害が続いているなら,それ自体について現在の危難を検討する余地はある.不正アクセスが終わったことだけで,危難まで解消したとは限らない.ただし,児童ポルノについて積み重ねられた評価をそのまま当てはめることもできない.緊急避難を根拠とするのであれば,個別の事情に即して,次の 3 つの観点を検討する必要がある.
| 観点 | 検討・説明すべき事項 |
|---|---|
| 現在の危難 | 誰のどの権利に,どのような侵害や切迫した危険があるか.対象サイトへのアクセスを遮断することで,どの被害を防げると見込むのか. |
| 補充性 | 削除要請や関係事業者との連携など,より制約の小さい 手段で十分な救済ができるか.実行可能性や所要時間を踏まえ,アクセス遮断が必要といえるか. |
| 法益権衡 | 遮断の対象・方式・範囲・期間を踏まえ,期待できる被害防止効果に対して,通信の秘密や正当な情報流通への制約が過大にならないか. |
サイバーインシデントへの対応であるという理由だけで,通信の秘密を侵害する措置を正当化することはできない.被害の重大性を認めることに加えて,遮断という手段が,その被害に対して必要かつ相当であることを確かめる必要がある.
犯罪と被害を減らすための仕組みを整える
公開された情報による被害の拡大防止を目的とするなら,国内の一部の利用者がサイトへアクセスできなくなることと,情報の再流通や悪用を減らせることは,分けて評価する必要がある.公開元にデータが残れば,攻撃者が別のドメイン名や IP アドレスを用意したり,別のサイトに転載したりする可能性がある.遮断した件数だけで,被害を防止できた程度まで判断することはできない.
より効果的な犯罪抑止を目指すなら,情報の公開や悪用を抑え,犯罪の継続を困難にするための対応を,一連の仕組みとして整える必要がある.例えば,次のような対応を,事案に応じて速やかに組み合わせられる体制が考えられる.
| 目的 | 整備すべき対応の例 |
|---|---|
| 情報の公開・再公開による被害を減らす | 公開元,ホスティング事業者,CDN などの窓口と連携し,各主体が管理・制御できる範囲と法的・契約上の根拠を確かめて,削除や配信停止への対応を進める.再公開に対する連絡・処理の手順も用意する. |
| 漏えい情報の悪用を防ぐ | 情報の種類に応じ,認証情報の失効・変更,不審な利用の検知,本人確認の強化などを実施できる事業者に速やかにつなぐ. |
| 犯罪の継続と繰り返しを抑える | 早期の警察への相談,証拠・ログの保全,捜査機関との適法な情報連携,海外の関係機関との協力を進める.犯罪に使われる基盤への対処も,必要な権限と手続きの下で行う. |
| 被害者を支援する | 漏えいした情報の種類と必要な対処を正確に案内し,相談を適切な窓口へ引き継ぐ.なりすましや詐欺などの二次被害に対応する. |
IPA の「自分の個人情報等が漏えいした際の『対処』と『日頃の対策』」は,漏えいした情報の種類の確認と,それに応じた対処を案内している.また,「サイバー攻撃被害に係る情報の共有・公表ガイダンス」の Q18 は,証拠が失われるおそれなどを踏まえ,警察への早期の通報・相談の必要性を説明している.こうした対応を,被害者や被害組織がそれぞれの窓口を探し回らなくて も進められるようにすることが重要である.
そのためには,各対応の担当と判断責任,必要な情報,連絡・引継ぎの手順,緊急時の対応体制を平時から明確にし,運用に必要な人員と専門性を確保すべきである.情報共有は,目的・共有先・取扱いを定め,法令に従って必要な範囲で行う必要がある.
ただし,それぞれの手段が救済できる被害の範囲は異なる.認証情報を失効させても,情報の公開が続くことによるプライバシー侵害そのものは解消しない.CDN で配信を停止しても,公開元や既存の複製から情報が再流通する可能性は残る.何を防げて,どの被害が残るかを区別して,手段を組み合わせる必要がある.
ドメイン名の登録管理に関わる事業者との連携も選択肢になるが,ドメイン名の停止は,その名前を使う無関係なサービスや国外の利用者に影響し得る.また,ドメイン名の登録管理と,コンテンツの保存・削除は別の役割であり,ドメイン名を停止しても,保存されている情報自体が削除されるとは限らない.コンテンツの削除,配信停止,ドメイン名の停止,アクセスを提供する ISP による遮断について,各主体の権限や契約上の根拠,対象を絞れる程度,実際の効果と副作用を比較する必要がある.
これらの検討は,あらゆる代替手段を順番に試し終えるまで,対応を待つべきだという意味ではない.被害の切迫性,手段の実行可能性,所要時間,情報の再公開への対応を踏まえて比較する必要がある.
また,緊急避難によってブロッキングを正当化するには,措置を開始し,継続する時点の 事情に照らして要件を満たす必要がある.削除やドメイン名の停止などによって状況が変わった場合には,危難の残存や再公開のおそれを具体的に評価し,措置の継続,対象の縮小,解除を判断する必要がある.当初の判断だけを根拠に,ブロッキングを無期限に続けることは適切ではない.
効果の検証では,不正利用や二次被害をどの程度減らせたか,情報が公開される期間をどれだけ短縮できたか,犯罪の継続や再発をどこまで防げたかを重視すべきである.対応に要した時間や,関係のない利用者・サービスへの影響も確認し,手段と手順を改善していく必要がある.
国が個別サイトの遮断を求めることの意味
企業や組織へのサイバー攻撃に伴う情報公開の被害は,その組織の利益にとどまらず,顧客など個人の権利にも及び得る.国が被害の防止に取り組むことは重要であり,同時に,そのためにどの権限と手段を用いるかには慎重な検討が必要である.
特に,国が電気通信事業者に対し,具体的な Web サイトへの接続を遮断するよう求めることは,行政機関が一般利用者の通信先の選別と遮断に関与することでもある.法的拘束力のない要請であっても,行政機関と事業者との関係によっては,事業者の判断に事実上の影響を及ぼし得る.行政指導として行う場合にも,行政手続法 32 条が定める所掌事務の範囲と任意性の原則,不服従を理由とする不利益取扱いの禁止を踏まえる必要がある.「事業者が自主的に判断する」という形式だけで,国の関与の適切性という問題がなくなるわけではない.
行政手続法 (行政指導の一般原則) 第三十二条 行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。 2 行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
ここでは,行政機関が要請するための権限・根拠と,事業者が実際に行う遮断を適法とするための根拠・要件とを,分けて説明する必要がある.仮に行政指導としての根拠があるとしても,それだけで,通信の秘密を侵害する具体的な行為について違法性が阻却されるわけではない.
行政から要請されたという事実は,通信の秘密を制約する措置の必要性と相当性を説明する代わりにはならない. どの主体がどの権限で判断し,何を対象に,どの方式で,いつまで遮断するよう求めるのか.事業者の判断の自主性をどう確保し,誤った対象指定の訂正や,状況の変化に応じた見直しをどう行うのか.被害防止を急ぐ場面だからこそ,こうした判断と責任の所在を明確にする必要がある.
説明に当たっては,被害者の情報や捜査上の秘密を守りながら,措置の根拠,対象の選定基準,効果と副作用をどのように評価したかを示すべきである.緊急の対応が必要で事前の説明が限られる場合にも,判断の記録を残し,事後に検証できるようにすることが求められる.